大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和49年(ワ)593号 判決 1978年1月18日

熊本市春日町五一二番地

(送達先 熊本市城山上代町五二五番地)

原告

合名会社カネヤマ商店

右代表清算人

山下鯛蔵

被告

右代表者法務大臣

瀬戸山三男

右指定代理人

大歯泰文

永杉真澄

山田和武

田川修

村上久夫

牧之内忍

井村和雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二萬円およびこれに対する昭和四六年一〇月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は、昭和三九年八月一日から昭和四〇年七月三一日までの事業年度(以下三九事業年度と略称す)の法人税につき青色申告の承認を得ていたものであるが、御船税務署長は、原告の三九事業年度の法人税の申告に対し、昭和四二年二月二八日別紙記載のとおり再更正処分ならびに過少申告加算税および重加算税の賦課決定処分(以下本件課税処分という)をなした。

(二)  右課税処分は、

(1) 株式会社旭相互銀行河原町支店田崎出張所山下アサカ名義No六〇普通預金(以下No.六〇普通預金と略称する)期末残高金五九萬一、〇五八円および株式会社住友銀行熊本支店山下泰裕名義No三五〇八八普通預金(以下No三五〇八八普通預金と略称する)期末残高金一二萬三、五五七円を原告の簿外預金であるとし、

(2) 未達小切手期末残高金一七二萬円は、仮装借入金であるとして、これらが原告の売上計上洩れであると認定したものである。

2  しかしながら、本件課税処分は以下に述べるとおり違法な処分である。

(一) 原告の簿外預金と認定されたNo六〇普通預金とNo三五〇八八普通預金の三九事業年度期末残金七一萬四、六一五円は、原告代表者の山下鯛蔵個人の生活余剰金の蓄積であり、原告の簿外預金ではない。また、未達小切手一七二萬円は原告が訴外中野教子、同中山武夫、同佐藤アサカらからの借入金返済のために振り出したもので、右借入金はいずれも借入の日に原告の当座預金に預け入れられ、後日決済された際も原告の銀行預金から払出しており、真実の借入金である。従つて右個人預金、未達小切手を売上計上洩れとした本件課税処分は違法である。

(二) また、本件課税処分は、法人税法第一三〇条の規定に反し違法である。すなわち、原告は前記のとおり青色申告の承認を受けているものであるところ、欠損金額の計算に誤りがないにもかかわらず御船税務署長は本件再更正処分をなし、かつその通知書にその更正の理由を附記しなければならないのにこれを記載しなかつた違法がある。

3(一)  そこで、原告は昭和四二年四月一日、同税務署長に対し右処分につき異議申立をなしたが、同年六月一日同税務署長はこれを却下したため、さらに原告は同月三〇日、熊本国税局長に対し審査請求をなしたところ、御船税務署長は、その裁決をまたないで本件課税処分による法人税の滞納を理由に原告に対し滞納処分による差押をなすに及んだ。

(二)  しかしその後、右審査請求に対して熊本国税局長は昭和四三年一一月二二日、前記2(一)で述べた原告の主張を認めて本件課税処分の全部を取消す旨の裁決をむした。

これによつて本件課税処分の違法が確定し、これに基づいてなされた前記滞納処分による差押は御船税務署長により昭和四三年一二月下旬に解除された。

4  しかして、本件課税処分並びに原告の異議申立に対する決定をなすに際し、その調査にあたつた御船税務署の係官は、簿外預金を認定するについて、山下鯛蔵並びにその家族に対し同人の所得およびその生活剰余金に関する調査は何らなしてない。

また、未達小切手についてもその返済先の貸主に対する調査をしていない。そもそも担当係官においてはこの点の調査を遂げるべき職責を有するというべきであり、この調査をなしておれば、当然原告主張の通りの事実ば明らかになつたはずである。しかるに御船税務署長および同署係官らはこれを怠つて本件課税処分をなすに及んだものであるから、本件違法な課税処分は前記係官らの故意または過失に基づくものである。

5  以上のとおり本件課税処分並びにこれに基づく滞納処分による差押は違法であるが、これは国の公権力行使にあたる御船税務署長および担当税務職員がその職務の執行としてなしたものであるから、国家賠償法一条により、被告はこれによつて原告が被つた損害を賠償する責任がある。

6  原告は、本件課税処分に対する異議申立および審査請求手続に関し会計士佐藤国男に調査立会等を依頼しその報酬として昭和四三年四月一八日金二萬円を支払つた。

7  よつて原告は被告に対し、右損害金二萬円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四六年一〇月一〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各事実は認める。

2  同2の(二)の事実のうち本件再更正処分の通知書にその理由を付記しなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。御船税務所長は再更正処分と同時に原告の青色申告承認を取消しており、理由付記の必要はないものである。

3  同3の事実は認める。但し、異議申立の却下は、実質は棄却である。また原告に対する差押は、熊本税務暑長および御船税務署長がそれぞれ国税徴収法に基づいてなしたものであり、熊本税務署長は昭和四三年一一月二九日、御船税務署長は同年一二月一一日にいずれも解除した。

4  同4の事実中、故意、過失の存在は否認する。

5  同5の被告の責任については争う。

6  同6の事実は不知。

三  被告の主張

原告の本訴請求は以下に述べるところにより既判力に牴触して許されない。

原告は昭和四四年に被告に対し、御船税務署長が原告に対してなした本件課税処分およびこれに基づく同税務署長並びに熊本税務署長の差押処分が違法で、これら違法な処分によつて損害が生じたとして国家賠償法一条に基づき損害賠償請求の訴(熊本地方裁判所昭和四四年(ワ)第一九三号、第五四一号損害賠償請求事件)を提起したが請求棄却の判決を受け、同判決は昭和四九年五月三一日上告棄却により確定している(控訴審福岡高等裁判所昭和四六年(ネ)第六二二号損害賠償請求控訴事件、上告審最高裁判所昭和四八年(オ)第三一号事件)(以下前訴という)。この前訴において、原告は三六萬三、六一〇円の請求をなしているが、そのうちの財産的損害三萬二、六一〇円のうち三萬円は前記佐藤国男に対する報酬金であり、本件請求は右三萬円のうちの二萬円を再び請求しているものである。また、仮りに本訴二萬円の請求が前訴で主張した損害とは別個のものであるとしても、前訴において原告はその請求が全損害のうちの一部請求であるとの明示の主張はしていない。

さらに、前訴における事実審の口頭弁論終結時は昭和四七年五月二九日であり、原告の主張する本件損害の発生時は、右日時以前の昭和四三年四月一八日である。

四  被告の主張に対する答弁

原告が熊本地方裁判所昭和四四年(ワ)第一九三号、五四一号事件で被告に対し本件違法な課税処分によつて生じた損害の賠償請求をし、請求棄却の判決を受け、その控訴審、上告審でも原告の右請求が認められなかつたことは認める。

しかしながら、本件訴訟は前訴では請求しなかつた別個の損害の請求しているのであつて、前訴の既判力には牴触しない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし八、第七号証の一、二、第八ないし第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二、第一八ないし第二一号証、第二二号証の一ないし四、第二三号証の一ないし三、第二四号証、第二五号証の二、第二六号証の一ないし八、第二七ないし第三四号証。

2  乙第一ないし第三号証の成立は認める。

二  被告

1  乙第一ないし第三号証

2  甲第一〇ないし第一五号証、第一七号証の一、二、第一八ないし第二一号証、第二二号証の一ないし四、第二三号証の一ないし三、第二四号証、第二五号証の二の各成立は不知。第二七号証は、欄外書き込み部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。

その余の甲号各証の成立はいずれも認める。

理由

一1  被告は、原告の本訴請求が、両当事者間の前訴(熊本地方裁判所昭和四四年(ワ)第一九三号、第五四一号損害賠償請求事件、福岡高等裁判所昭和四六年(ネ)第六二二号同控訴事件、最高裁判所昭和四八年(オ)第三一号同上告事件)の既判力に牴触して許されない旨主張するので、先ずこの点について検討するに、右訴訟で、原告が本件課税処分によつて被つた損害の、被告に対する損害請求が棄却されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三三号証、乙第一ないし第三号証によれば、同訴訟において原告は、本訴訟と同じく御船税務署長による本件課税処分およびこれに基づく滞納処分による差押が違法であり、これは御船税務署長並びに同署係官が原告代表者や原告に対する金員の貸主等について何らの調査もせずに本件課税処分をなし、さらに原告の異議申立も却下したもので、右税務署長および係官らにはその職務の執行につき故意または過失があるとして、これを理由に、国家賠償法一条に基づき損害賠償請求をなしたこと、さらにその損害として原告は同訴訟では、本件課税処分および差押の排除を求めるために要した費用三萬二、六一〇円(郵便料一、五〇〇円、書料一、一一〇円、会計士への報酬三萬円)および慰謝料三三萬一、〇〇〇円を請求したが、格別右請求金額が原告の被つた損害の一部であるとは限定していなかつたこと、そして、原告の右請求に対して熊本地方裁判所は昭和四六年八月六日、御船税務署長および同署の担当係官に故意、過失は認められないとの理由で、これを棄却する判決を言渡し、控訴審の福岡高等裁判所も昭和四七年一〇月三〇日に右同様の理由で原告の控訴を棄却し、最高裁判所も昭和四九年五月三一日原告の上告を棄却したことが認められる。

2  原告は、本訴請求が前訴では請求しなかつた損害の賠償を求めるものであるというのであるが、仮にそうであるとしても、本訴請求における右損害(会計士に対する報酬)が昭和四三年四月一八日に生じたことは原告自ら主張しているところであつて、前訴の控訴審の口頭弁論終結日以前に存したものであり、このような事情の下での、本件のような同一の原因に基づく損害賠償請求にあつては、前訴において格別一部請求との限定がなされないままでは確定判決を経た以上、前訴判決の既判力は後訴たる本件訴訟における請求についてまで及ぶものと解さざるを得ない。

二  とすると、当裁判所は前訴判決と異なる判断をなすことは許されず、前訴判決が前述のように原告の請求を棄却しているのであるから、本訴請求もまた棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松田冨士也 裁判官 西島幸夫 裁判官宇田川基は研さんのため署名押印することができない。裁判長裁判官 松田冨士也)

別紙

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例